勝利を設計する

2026年全日本選手権 男子4km個人パーシュートを走る伊澤将也

RACE JOURNAL / MASAYA IZAWA

全日本チャンピオンになるまで

2026年6月、全日本選手権トラック・男子4km個人パーシュートで優勝し、全日本チャンピオンになることができた。

タイムは4分12秒856。大会記録を更新する走りだった。

前年の全日本では2位。届きそうで届かなかったタイトルに、ようやく手が届いた。ゴールした瞬間は、ついに勝てたという嬉しさが一番大きかった。

ただ、振り返ってみると、驚きよりも納得の方が強い。

偶然うまくいったわけでも、単に調子が良かったから勝てたわけでもない。勝つために必要な条件を洗い出し、一つずつ揃えてきた。その積み重ねが、今回の結果につながった。

この勝利は、競技で得た一つの結果であると同時に、これまで信じてきた方法をレースで確かめられた結果でもある。

速さは、才能だけで決まるものではない。

私の速さは、試行錯誤の積み重ねから生まれた。今回は、その積み重ねを結果として示すことができた。

2026年全日本選手権 男子4km個人パーシュートの表彰台
2026 全日本選手権 男子4km個人パーシュート

2025年から変えたこと

2025年の全日本では、4km個人パーシュートで2位だった。

年々順調に成績を伸ばせていたため、結果だけを見れば悪くない。それでも、自分の中では課題がはっきりしていた。勝つために必要な準備を、もっと徹底できたはずだった。

2026年に向けて変えたのは、練習量だけではない。

「うまくいけば勝てる」のではなく、「勝てるだけの理由を揃える」ことを意識した。

うまくいけば勝てるという状態には、不確定な要素が多い。調子、相手、環境。自分ではコントロールできないものに期待する割合が大きくなる。

それでは足りない。

勝つために必要な条件を洗い出し、自分で管理できる部分を増やしていった。準備、機材、ポジション、ペース、トレーニング環境。その一つひとつを、細部まで詰めた。

2025年と2026年の違いを一言で表すなら、執念だと思う。

ただ勝利を渇望するという意味ではない。勝つために必要なものから逃げず、最後まで揃える。その意味での執念だった。

4km個人パーシュートという種目

4km個人パーシュートは、トラックを4km走り、そのタイムを競う種目だ。250mトラックなら16周。スタートからフィニッシュまで、基本的には一人で走り続ける。

集団の中での駆け引きはない。誰かの後ろについて、空気抵抗を減らすこともできない。身体、機材、準備のすべてが、そのまま結果に表れる。

今回のタイムである4分12秒856は、平均時速にすると約56.9km/hになる。

この速度域では、空気抵抗の影響が非常に大きい。脚で生み出した力の多くは、前へ進むためだけではなく、空気を押しのけるためにも使われる。

同じ出力でも、空気抵抗が小さければ速く走れる。反対に、どれだけ大きな力を出しても、空気抵抗が大きければ、その力はタイムに変わりにくい。

だから、4km個人パーシュートは単純な脚力勝負ではない。

高い出力を維持する能力、ペース設計、空力、機材選択、そして本番でそれらを再現する力。そのすべてが問われる。

私がこの種目に惹かれている理由も、そこにある。体力だけでなく、考え方や準備の精度が結果に直結する。速くなる余地が、身体の外側にも数多く残されている。

エアロテストとトレーニング

エアロテストとトレーニングを分けずに考えることは、以前から私の基本的なトレーニングスタイルだった。

まず、空気抵抗の少ないポジションを探す。そして、そのポジションで出力を発揮できるように、身体を順応させる。

空力的に優れたポジションは、必ずしも身体にとって楽ではない。呼吸がしにくくなり、出力も出しにくくなる。そのため、単に速そうなポジションを見つけるだけでは意味がない。

そのポジションを、レースで使える状態にする必要がある。

今年、屋内競技場で練習できたのは4日だけだった。屋外競技場を含めても、競技場を使える日は非常に限られていた。そのため、競技場へ入れる日は、日の出から日没まで可能な限り長く走った。

限られた実走機会では、実際のレーススピードに近い条件を作り、本番を想定したトレーニングを重視した。

一方、普段のトレーニングは室内を中心に行った。室内では天候や交通状況に左右されず、安全性も高い。条件を揃えやすいため、狙った強度を、狙った時間だけ正確に積み上げることができる。

競技場での実走と、室内での正確な積み上げ。その二つを組み合わせて準備してきた。

ペース戦略

ペース戦略の本質は、自分が出せる力を、最も無駄なくタイムへ変えることにある。

低速で走る時間も、高速すぎる領域で無理をする時間も、できるだけ短くしたい。必要以上にペースを抑えることや、無駄な加減速も避ける必要がある。

感覚は重要だが、感覚だけでは足りない。

物理的な効率と生理的な効率を考慮し、なんとなくではなく、できる限り根拠のある形でペース配分を設定した。

ただし、設定したペースをレースで正確に発揮するためには、最終的に感覚が必要になる。

決めたペースを身体で再現し、苦しい中でも現在の速度や出力を判断する。ペースが乱れそうになれば、必要な範囲へ戻す。

その能力を身につけるには、レースに近い条件でのトレーニングが欠かせない。ペース戦略は計算だけで完結するものではなく、最後は身体で再現できなければ意味がない。

2026年全日本選手権で使用した伊澤将也のトラックバイク
CycloDynamics Lab / 2026 全日本選手権使用機材

機材選択と自社製品

今回の全日本では、CycloDynamics Labの自社製品であるMASAYA TR1 Clincher Track Disc WheelとMASAYA PE2 LAB SPECを使用した。

ただし、自社製品だから使ったわけではない。

もし他社製品の方が速いと判断すれば、私は迷わずそちらを使う。機材選択において優先すべきなのは、ブランドや立場ではなく、実際に速いかどうかだ。その選択ができる環境を作るために、これまで取り組んできた。

その前提に立ったうえで、今回の全日本ではMASAYA TR1 Clincher Track Disc WheelとMASAYA PE2 LAB SPECを選んだ。

開発者として、そして選手としてレースを戦えば、うまくいかなかったときの言い訳は少なくなる。

自分で作ったものを、自分で使い、結果によって確かめる。そこには大きな意味がある。

選手であり、開発者であること

私は選手であると同時に、CycloDynamics Labで製品開発を主導している。Radical Aero Clubの代表でもある。

選手として走り、開発者として作り、チーム代表として活動の場を作る。この三つは、私の中では分かれていない。

競技で見つけた課題を開発へ反映し、開発したものを自分の身体で試し、レースで確認する。その繰り返しが、活動の中心にある。

速いと言われているものを、そのまま信じるわけではない。慣習や常識、一般的な正解に合わせるのでもない。自分の身体、種目、目的に対して、本当に機能するものを選ぶ。

速さを感覚だけで扱わず、気合いや根性だけで説明しない。測れるものは測り、試せるものは試し、結果によって判断する。

それが、私の競技と開発に対する基本的な姿勢だ。

CycloDynamics Labでやっていること

CycloDynamics Labで取り組んでいるのは、競技と開発をつなげることだ。

現場で感じた課題を設計に反映し、作ったものを実走で確認する。その結果を受けて、さらに次の開発へ進む。

机上の理論だけで速さを語るのでも、感覚だけで判断するのでもない。必要なのは、その両方を競技の中で検証することだと考えている。

今回の全日本タイトルは、その取り組みから生まれた一つの結果だった。

もちろん、これで何かが完成したわけではない。製品も、ポジションも、トレーニングも、常に更新されていく。レースで得た結果は、次の開発や挑戦の材料になる。

私にとってCycloDynamics Labは、そのための実験室だ。

Radical Aero Clubという挑戦

Radical Aero Clubは、私にとって単なる選手の寄せ集めではない。自分がやりたい競技の形を作るための集合体だ。

既存の常識に合わせるだけではなく、自分たちで考え、試し、勝ちにいく。

速い選手が勝つ。それは当然のことだ。

しかし、速さは脚力だけでは決まらない。空力、機材、戦略、準備の精度。そのすべてが関わっている。

だからこそ、それらを革新的な方法で、前例に縛られず、総合的に高めていくチームには価値があると思う。

チームとして勝つ。新しい考え方で勝つ。そして、その挑戦を見ている人にも面白いと思ってもらう。

Radical Aero Clubでは、そうした競技の形を作っていきたい。

競技は、探究に近い

私の競技への向き合い方は、一般的な意味でのプロスポーツとは少し異なると思っている。

競技結果を興行価値に変え、その対価として収入を得る。もちろん、スポーツにはそうした側面もある。活動を続けるにはお金が必要であり、製品を作ること、会社を継続すること、協力してくれる人を増やすことも重要だ。

ただ、私の活動の中心にあるのは、収益そのものではない。

私にとって競技は、冒険や探究に近い。

人間と機材と環境を組み合わせたとき、どこまで速くなれるのか。その問いへの答えを、自分の身体で確かめにいく。

活動そのものが目的であり、そこへ至る過程にも価値がある。勝利も、記録も、製品も、その探究の中から生まれる。

CycloDynamics LabもRadical Aero Clubも、私にとっては、この活動を続けるための構造だ。

考え、作り、走り、結果によって確かめる。

その循環を続けるために存在している。

自分で選ぶこと

全日本チャンピオンになるまでの過程で難しかったのは、トレーニングそのものだけではない。自分で選ぶことに伴う責任も大きかった。

私は、常に選択肢を失わないよう、自由であることを重視してきた。

ただし、自由であるほど、その選択の責任は自分へ返ってくる。誰かが代わりに責任を取ってくれるわけではない。何を選ぶか、その一つひとつが結果に直結する。

今回は、自分自身が勝つために必要だと思う選択を優先した。楽な選択ではなかったが、それを選び続けたからこそ、今回の結果につながったと思っている。

2026年全日本選手権で伊澤将也を囲むRadical Aero Clubのメンバー
Radical Aero Club / 2026 全日本選手権

支えてくれた人たちへ

もちろん、一人でここまで来たわけではない。

日々の生活を支えてくれる人、競技を通じて知識や経験を与えてくれた人、一緒に走り、考え、挑戦してくれる仲間。会社やチームの活動を支えてくれる人たちや、応援してくれる人たちがいた。

私の選択には、理解しにくいものもあったと思う。遠回りに見える取り組みや、細かすぎるこだわりに見えたものもあったかもしれない。

それでも、私のスタイルを尊重し、競技へ打ち込むことを後押ししてくれた。

だからこそ、結果で返したかった。今回の全日本タイトルが嬉しかった理由の一つも、そこにある。

全日本チャンピオンは、ゴールではない

全日本チャンピオンは、確かに大きな結果だ。しかし、私にとって終着点ではない。

次の目標は、アワーレコード、4km個人パーシュート、1kmタイムトライアルの日本記録更新だ。

4km個人パーシュート、1kmタイムトライアル、アワーレコードでは、それぞれ求められる能力が異なる。数分間にわたる高出力、短時間の爆発的なスピード、1時間を通じた空力と持久力。そのすべてに挑戦することは簡単ではない。

だからこそ、面白い。

私は、ワクワクする挑戦が好きだ。そして、その挑戦を見ている人にもワクワクしてほしい。

ただ勝つだけではなく、何を考え、どのように準備し、どう変わっていくのか。その過程まで含めて、競技は面白いものになる。

全日本チャンピオンという結果は、過去のものとして残る。しかし、探究はそこで終わらない。

私にとって競技は、まだ見たことのない速さを見にいくための方法だ。

CycloDynamics Labとして、Radical Aero Clubとして、そして一人の競技者として、これからも速さを考え、作り、証明していく。

今回の勝利は、その途中にある一つの到達点だ。

冒険も折り返し。

あと9年。
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